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日志


2008/7/3

「地の涯」に行く

 

 二泊三日で知床に行ってきた。往復に時間がかかり、しっかり観光したのは中の一日だけ。でも一緒にいったのが女性4人の気の置けない仲間なのでとっても楽しかった。観光も、北海道らしい風景を堪能できたし。

 (
裏側から見た摩周湖。運よく霧がなかった)
 

 

(畑がはるか向こうまで続く。さすが広い)

 

 一泊目のホテルは、石見別の「地の涯」というところだった。自然遺産のなかに、ぽつんと一軒埋もれていた。自家発電、冬季は閉鎖という。携帯はどこの会社のも通じない。蝦夷鹿がそこここにいるし、熊に出会うかもしれないと聞かされた。携帯が通じないと聞いて、フランス映画「サンジャックへの道」を思い出した。映画の中に携帯依存を皮肉ったシーンがあった。
http://sansanbu.spaces.live.com/blog/cns!F03741DBC9458E6B!905.entry

 ちょうど翌日はハイキングで一本の道をツアー参加者が列になって歩いたのも、映画と似ている。携帯など現代の通信機器から離れて自然と触れ合うのは、時には必要なことだ。

 
 参加者は定年後のカップル、企業OBグループなど、若い人はいなかった。高齢者と呼んでもいい人が多くいて、ハイキングが旅程に組み込まれているコースなのに、よく参加したと感心。私の母くらいのご夫妻がいたわりあいながらずっと手をつないで歩いていたのが印象的だった。しかしこの高齢のご夫妻、やはり木の根っこにつまづいて転んだ。手をつないでいると二人とも転ぶのだ。人生も大事の時には手を離さないと、相手のためにならないこともある・・・という教訓がここにあった。


 

  映画のような道

 

 二日目は、まずウトロの港のところにあるオロンコ岩というのに登った。というより、ツアーだったので時間調整で登らさせられた。一汗かいたあとで、船に乗って知床の先まで遊覧。これが、コートを貸してくれて、その上から救命具もつけて、ふくらんだ格好だったが、すぐにそれでもヒザが冷たくなってきた。さすが北の国。ここは真冬は流氷がやってくるところ。
 

 

 船から下りて、昼食。それから知床5湖のうち一湖と二湖をハイキング。ネイチャーガイド付き。

(モネの絵を連想)

 その後、フレペの滝でまたハイキング。夕方にはウトロに戻って夕陽がきれいだというホテルに到着。部屋から夕陽は望めなかったが、夕食の時間でもあったし、まあ団体客なんてこんなものだ。沈むちょっと前の夕陽はホテルに着く前に見たからいいとしよう。

 
 (鹿は横たわって食べたものを反芻するのだそう)

 

 三日目は、オシンコシンの滝と硫黄山に寄って、釧路空港に。それで旅はおしまい。北海道は夜明けが早い。朝の3時ごろからすでに明るいので、のんびり朝風呂をしていた。次回は釧路湿原に行ってみたいなぁ、なんて思って。観光客にとって地の涯は楽園だった。

 
中部空港に着いて、まだ時間が早かったので店舗を物色していたら、北海道の有名どころの菓子を売っていた。お土産は到着した空港で買いましょう(笑)

 

 

2008/4/20

酒盛り旅

 女三人で高山に一泊で行ってきた。おばさんばかりだが、文学係のつながりなので、いつもとちょっと毛色のちがう仲間。実際、人参色の頭髪の人が一人(笑

 高山 237

  祭りが終わった翌日だったので、高山の街は空いていた。ソメイヨシノが七分咲き。芽吹いたばかりの柳の緑がうつくしい。そして白人の人や中国系の人など観光客が多かった。

高山 240高山 261

 

JRで昼過ぎに着き、旧い町並みを見学して、休憩場所は酒屋。マス酒・・・、そして遅い昼食は、飛騨牛とお漬物で地ビール。夜は温泉に浸かったあと、熱燗。

 高山 248

 

おしゃべりしながら、この中の一人が、やがて文学で全国に名を知られるようになるだろうという話になった。私は副団長として応援することにした。団長は人参色頭髪の人。

  高山 259

翌日は、朝市、飛騨の里を回り、雨の高山をゆっくり散策。その日も遅い昼食で、蕎麦屋で山菜の天ぷらなど食べながら、列車の時間まで熱燗でおしゃべり。

 高山 275

 

お酒のおいしい旅だった。

 

民芸土鈴