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5/30/2008 メタボ予備軍?
今年から、市が実施している住民健康診断の方法が変わり、掛かりつけの内科医で血液検査などは検査してもらうことになった。
それで、今日は内科医に。 検査の中にメタポボ断というのが加わり、胴回りまで測られてしまった。これがびっくりするくらい多かった。「ウエストじゃありませんから」と看護士さんはなぐさめてくれたけれど。
太ったからなぁ・・・、ここ二年で3キロの増加。ほぼ、生まれたての赤ちゃんの重さに匹敵。これは一大事なのだ。
でも~、おいしいものを我慢するなんて、そんなことできない。そんなことしたら生きている甲斐がない。かと言って運動も続かないし・・・。
血液検査の結果は二週間後には分かるようなので、それにもよるが、確実に身体は高齢化している。ころりと死ぬのはかまわないけれど、身体が不自由になって生き続けるのはつらい。なんとかしなくては、ねぇ。
5/29/2008 このうしろめたさは何?
プールに行った。泳ぐのではなく、プール歩きに。水の中は歩きにくい。足を上げ大幅に、次はかかとだけで、その次はつま先で歩き、後ろ向き・・・いろんな歩き方がある。いずれも速くは歩けない。大きく足と腕を出して進む。まるで宇宙遊泳のよう。ちょっと気を抜くとどこかから来る水の圧力でよろけたりする。
30分で切り上げて出てくる。 プールのあとはジャグジーで筋肉をほぐし、スチームサウナ。気分はいいけれど、30分の水の中歩きは意外に疲れる。家に戻って昼寝してしまった。
とても贅沢しているような。優雅と言えば聞こえはいい。でも私は貧乏性なのか、罪悪感さえ感じる。お金と時間の無駄ではないかと。
いろんなことを考える。大学に行ったのも、いま中国語講座に通っているのも、映画を見に行くのも、みんな贅沢。このような生活をしていると、どこかでバチが当たる・・・(幼いころ、近所のおばあさんがよく言っていた言葉「バチが当たる」)。 しかし、ねぇ。私なんて、人生そのものが宇宙遊泳みたいではないか。人生黄昏が近くなって決めたではないか。これからは気ままに好きに生きよう、と。そうは思っても、働かずゆらゆらしていると、うしろめたいのだ。もう、そのように思わなくてもいいはずなのに。
5/27/2008 身の丈で 庭に虫は数いるけれど・・・、これっ、虫!
僕は虫じゃないよ、枝だよ。
・・・・なんあんて、誤魔化されないからね。
わかるんだから。 面白い虫だ。擬態は身を守るため。 この虫は自分の身の丈ずつ進む。
進む前に、背をぴよ~んとブリッジ型に縮めてからまた延びる。
人も身の丈以上には進めない。この虫を見ていると、地道にいきなさいと言われているような気がする。
しかし、攻撃性のない虫だ。虫って、悪いことは何もしないのに、そこにいるだけで人間に疎まれることが多い。気の毒。
私もそんなふうに思われることがあるのかも。 下は、ゆすらうめ。
夫は子供のころ山で採って食べたのだそう。病床にいた夫に頼まれて、この木を庭に植えてから、すでに7年。毎年真っ赤な実をつける。さくらんぼの半分くらいの大きさ。一個か二個は食べてみるけれど、甘くもすっぱくもない。渋くもないから食べられる。
食べ物が今ほど豊富でなかったころの子供の楽しみだったのだろう。昔の子供はおなかを空かしていたのだ。
5/24/2008 しわかい詩話会に出かけた。講演が第一部、第二部は3人の詩作品をみんなで合評する。詩の勉強会だ。 今回は私が三人の中の一人となった。
合評される作品はいつもズタズタに評される。だから覚悟していたのだけれど、意外にもそれほどではなかった。それどころか褒められたりして。私としては未消化のまま提出したので、こそばゆかった。しかし・・・。「どこかで似たようなものを読んだことがある」と言われたのにはこたえた。それも仕方ないのだろう。考え方が似ている人がいて当然だから。私は平凡なのだ。 ほかのお二人の作品に対しては「それがどうしたの」というような評だった。それよりいいか。
講師は、パレスチナに出かけられたこともある方で、講演のタイトルは「戦争を語り継ぐ」だったけれど、現在の日本での戦争詩のあり方を述べられた。例えば原爆について書くと、反戦とか平和主義などの、立場としての作品になっていることが往々にしてある。自分の足元から離れない詩のほうが作品としてはよりよいではなか・・・というような。 そのほか「荒地」の戦後間もないころのアンソロジーを見せていただいたりした。黒田三郎ほか、そうそうたるメンバーが名を連ねていた。
しわかいだけにシワが増えた気がする。。。。
5/23/2008 看日本
こんなものがあった。岩松さんの見た日本。 http://news.sina.com.cn/z/cctvyskrb/index.shtml
彼は中国CCTVのアナウンサーだ。彼の目には日本がこんなふうに映るのだ。おもしろい。 実は中国語の先生に教えてもらったサイト。比較的冷静な分析とのこと。こんなふうに中国の人が一度は日本に来て、日本を体験してくれたらいい。
5/22/2008 さて、我得開始漢語学習昨夜遅くなって、旅行に出かけていた妹夫妻がばたばたと帰ってきた。わが家に車を置いて行ったので、帰りも寄っていったのだ。旅は、一日だけ台風の雨風に遭ったらしいが、あとは楽しかったそうだ。
夫が退職後、夫婦で旅行を楽しむ人が多い。人生も陽が傾いてきたころ、のんびり旅行などに出かけられる夫婦は幸せだ。 私と同じように途中から独りになった女性の友人も、よく旅に出かけている。先日は香港に行って豪華客船に四日間乗ってきたとか。その前は屋久島、その前はアフリカへ。一年のうちに何回行くのだろう。元気のいい人だ。
さて、私も元気を出して、お勉強するか。中国語検定まで、ちょうど一ヶ月となった。また頑張ってみよう。
腰が痛い、歯が痛い、酒飲み過ぎるは、風邪は引くは、買った服はどれもデザインが若すぎて着られない(なんと無駄で馬鹿な)、そして人に会いたくないなどと・・・世の中から消えてなくなりたいくらい気分が滅入っていたけれど、人は沈むだけ沈んでしまうと、あとは浮かび上がるしかないのである。
検定が済んだら、私も友だち数人で知床に行く予定になっている。たった二泊だけれど楽しそう。自分で人参ぶらさげておいて頑張ろう。これは食べれそうで食べれないものと違う。結果はどうであれ確実で、虹のように消えてしまうものとはちがう。待ってろ、人参! 5/21/2008 天国からの言葉中国のWEB新聞、新浪網の中で見た詩。地震で孤児になった子供に天国の親からの語りかけというスタイル。 こんなものを見ると涙が止まらない。余計に悲しくなる。献詩というこのコーナーには、この手のものが他にも多く乗っている。誰が作るのだろう。
爱永相随
来自天堂的祝福,写给汶州地震中的孤儿。
爸妈今天要远走 孩子你放手 天国的路啊太遥远 你不能总跟随 爸妈今天要远走 不要你忧愁,不想你泪流 以后的岁月留给你 一个人来承受 天黑了 你要早点把家归 下雨时 你要知道打伞回 天冷了 你小心被山风吹 夜深时 你裹好棉被自己睡 受委屈 你不能流眼泪 孤单时 看我们照片去回味 生活的滋味 你学会独自来体会 生活的苦难 你要用坚强来面对 孩子的笑脸 才是爸妈的欣慰 天堂的祝福 爱与你永相随 爸妈今天要远走 孩子你 松开 拉我的手
泣かないで、子供よ。お父さんお母さんは遠いところに行かねばならない。手を放して。泣かないで。夜は布団をしっかりかぶり、雨が降れば傘をさしなさい。強く生きて。父さん母さんは、あなたの笑顔がうれしく慰めだ・・・というような意味(違っていたら教えてください)。
5/19/2008 季節はずれ何でもズレがある私。風邪まで遅れてやってきた。以前から咳が時々出ていたのが、いま本格的に出ている。熱っぽい。外は早すぎる台風の気配で風と雨。
昨夜見た夢。足元が地割れして、下から熱風が吹あげて、私の身体を吹き抜けていった。なんと私は地割れをまたいでいたのだ。そのあとは覚えていない。だいたい覚えている夢なんて変なものに決まっている。
ベッドで少しだけ横になるつもりが、そのまま朝まで寝てしまった。風邪は、不規則、不摂生の当然の結果だろう。動かず、食べて寝て・・・パンズになって風邪か。怠け者の報いだ。
5/18/2008 猫のように
妹夫妻が旅行に出かけたので、私は一日一回彼らの家の猫の世話に行っている。
この猫、普段は私が行くと逃げて行ってしまう。ところが家の中に置き去りにされた寂しさからか、こういうときだけ、ゴロニャーンと擦り寄ってくる。脚にまといついて8の字を描くようにスリスリ。よしよしと撫で撫でして、餌を補充して水を換える。餌をひとしきり食べ終えた猫、満足そうに窓際などに行き正座。よしよしと撫でようとすると、今度はプイッと知らん顔。無理に触ろうとするとサッサと逃げる。なんて勝手な猫!
いつもこう。でも憎めない。猫だもん。
いいなぁ、猫。寝たいだけ寝て、おなかすいたらゴロニャーン。気に食わなければ、爪で引っかいたり噛み付いたり。限られた自由しかないけれど、その中で最大限、気ままに好きなことをして、寂しくなったら、やっぱりゴロにゃーん。
保護者がいないと生きていけないのに、そんなこと知ったことではない。ホントわがまま。飼い主は、そういうところが可愛いのだろうな。
ああ、猫になりたい。
5/17/2008 本人は何も言わないけれど同人誌の合評会に参加。自分の作品の出来がよくないので、あまり気乗りしなかったが、会費を払いに行けばよいと出かけた。
その帰りに「向田邦子の世界展」に寄ってみた。本や写真、直筆の原稿、手紙とかは予想していたが、亡くなるまで暮らしていた部屋の再現とか、着ていた衣服なども展示してあった。今でも着られそうなものもあり、かなり上質なものに思えた。むろん差し支えのないものだけを選んでいるのだろう。
台湾での飛行機事故で亡くなってしまったが、生きていたら今ごろどのように活躍しているだろう。小説家として円熟していたか・・・。脚本界は今とはちがったものになっていたように思う。51歳の夭折。いかにも惜しい。
しかし、自分の衣服まで展示されて、故人は喜んでいるのだろうか。作品ではないものはそっとしておいてあげたほうがいいように思うのだけれど、本人に聞くわけにもいかないし。
温かい家族Rさんのお家にお邪魔した。目的は去年の10月に生まれた赤ちゃんに会うため。Rさんは中国人。日本で中国語を教えている。背が高くすらっとした美人。
赤ちゃんは、まるまるとして、よく笑ういい子だった。可愛い!!あのような子を抱いていたら心が穏やかになる。
夕方お邪魔して、話しているうちにご主人が帰ってきた。彼はアメリカ人。Rさん心づくしの手料理をご馳走になり、おしゃべりをしてすっかり遅くなってしまった。長居をした私。申し訳なかった。
料理はおいしかったし、幸せな家族のお裾分けをもらって、私もほんわか幸せになった。
ありがとう、Rさん。中国語がちっとも上達しない私に、やさしくお付き合いくださって感謝!
人は皆、どんな人もすべてがうまくいっているわけではないけれど、心の持ち方ひとつで幸せになれる。そう思った日だった。
5/14/2008 夢見るころは過ぎて最近、何をやっても根気がない状態が続いている。もともと飽き性のほうだが、ひどくなっている。でも、もういいや、と思っている。もう充分だ。ゆっくり過ごそう。よく寝て、のんびりしよう。欲を出してはいけない。出しても、もう年齢的に無理。というより私というものはこの程度なのだ。
母の介護認定が出た。4月の上旬に申請を始めて、介護施設から何度も人が来て、医師の診断書をもらって、やっと。要支援2だという。要介護ではない。母は一人でお風呂も入れるし、近所のかかりつけの医院にも行く。妥当なところだろうな。それで、デイケアには、来月から週に一回ということにした。初めは試す程度でいい。母は箱入り奥さん(かあさん)だったから、そのような場は慣れていない。
この母に、夕食を食べながら「あたし、寝たらそれっきり目が覚めないといいのに、って思う。もう、いい時は過ぎたし、充分生きたから、ずっと眠ったままだとどんなにいいか、って」と言ったら笑っていた。耳が遠いから、どこまでわかっていることやら。 「でも、お母さんは困るよね。私がいないと一人で生きていけんから」などと、アホな会話。ほとんど独り言に近い。
さて、夢はもう見ないだろうけれど、今夜はこれからDVDでも見ようっと。半ばまで見て、笑い転げていたものがある。中国映画で、「長江7号」という子供と宇宙の生き物が出てくる漫画みたいな話。中国語はちゃんと訳すとしたら能力が低くても、だいたいのことは解る。見ながら笑って寝てしまおう。 生きている地球中国の四川省で起こった地震。国の規模も大きいけれど災害も大きい。被災した人たち、今も瓦礫に埋まったままの人がいるという。学校が倒壊して子供たちが下敷き・・・なんて、胸が痛む。なんとか速く救出を。
ミャンマーでは大きなサイクロンの被害があったし、自然の力は恐ろしい。地球が、ほんのちょっとまばたきをしたら、人は右往左往。地球は生きているので、地震もサイクロンも人には止められない。人も生きている地球の一部なのだ。
人のできることなど、最小限の被害に食い止める方法や、起こってしまった場合の救助、救援方法を考えるくらい。
いずれにしても人の力なんて小さい。大きな災害が起こるたびに思う。
地球では人が殖えすぎて、そのうち人の吐き出すもろもろのガスで人が中毒死するのかも。それも自然の一環で、何億年か後には、恐竜が繁殖した時期を人がジュラ紀・白亜紀などと分析・考察するように「人という動物が繁殖していた時期・・・人亜紀」なんて、何者かに言われている?
5/10/2008 友好ムードに乗りたい来日していた胡錦濤主席がきょう帰国した。人のよさそうな顔。まるでパンダみたいに愛嬌がある。でもパンダの目は模様に隠れてあまり目立たないけれど、意外に鋭い。胡錦濤主席もそうかな? まずは友好ムードの訪日でよかった。
国と国の付き合い方は難しい。それぞれの利害や歴史、民族性などいろんなものが混ざり合って、これっ、という明瞭な答えの出るものは少ない。しかし人と人の付き合いなら、分かり合えるものが多い。
これを機に、私の若い中国人の友に日本滞在許可が出ることを期待している。彼はこの4月、許可が出なくて、いま、改めて別の会社に就職しなおして再度申請をしている。彼は、私がこの春卒業した大学の同級生だ。よい成績で卒業して、日本の企業に就職も決まっていた。真面目で性格もいい。アルバイトをして学費と生活費を捻出しながらの学業だったので大変だったと思う。就職した企業は小さいけれど、ちゃんとした会社だった。彼は許可が降りやすいように、わざわざ中国と関係のある業種を選んだのだ。それなのに、不許可の手紙が来た。
私は憤慨した。彼は、日中国交正常化後の世代で、「一休さん」などの日本のアニメを見て育ち、日本が好きになったという。この彼に許可を出さないでいったい誰を許可するというのか。何という冷たい日本だ。いったいどういう理由で許可が降りないのだろう。彼に聞いたところ、入国管理局は理由を教えてくれないそうだ。杓子定規に決めないで、人をちゃんと見てほしいものだ。
5/8/2008 つまらん 朝からあれやこれやバタバタして、夜は映画の試写会に出かけた。見た映画は、お金があれば人生最後の時も何でもできるみたいな。本当はお金があっても幸せは買えるとは限らないということを言っているのだけれど、結局お金があればこそできたこと。・・・そこまで言ったら、タダで見ているのにわるいかな?
試写会の会場で若い知り合いに出会った。あらっ、という顔ですれ違った程度だけれど。若いのにこんな映画・・・。映画好きは出会う確立が高いのだ。いつだったか衝撃的なカップルを見かけたこともあった。
きょうは家に戻ってから、ワインにビール、なんか飲みすぎ。モーガン・フリーマン、浮気すればよかったのに。というか本物の恋をすればよかったのに。家族の元に帰るなんて、当たり前すぎてつまらん!
酒喝多了。
5/6/2008 川の流れ岐阜県にある親戚の家の法事に行った。叔父の7回忌と叔母の17回忌を一緒に。私は母の代理なのだけれど。
そこの家族は、亡くなった叔母や叔父に似てみんな穏やか。子供たちはすでに成人していて、男の子は医者の研修生、女の子は養護学校の先生。誰かが、「顔も可愛いけれど、心もかわいい」と言っていたが、そのとおり、よい若者たちだ。この子たちが幼かったころ、祖母(私の叔母)に連れられて、毎年潮干狩りにやってきた。そのころ、私の父がお客様のために買い込んだ潮干狩りの道具が、ホコリをかぶって私の家にまだ残っている。
法事の後は、食事をご馳走になり、食事の会場近くのJRの駅から帰ってきた。ほんの二区間くらい乗った列車からは、木曽川とラインくだりの小舟が見えた。気持ちのよい風と川の流れ。流れている・・・。
川の水は流れ、留まらない。みんなみんな流れている。岩にぶつかり、白いしぶきを上げ、渦を巻いたり、速くなったり、時にはゆったりしながら、常に流れている。
新緑の五月、私がまだ30代になったばかりの頃、ライン下りをしたことがあった。岸辺で遊ぶ高校生たちに手を振りながら、緑の風をめいっぱい吸い込んでいた。あれから流れ続けて、今も流れている。時の移ろい、季節の移ろい、そんなものを両岸に見ながら、これからも流れていく。
私鉄に乗り換えて、空港行きの列車に乗り、今度は海を目にしてわが家に。あ、累死了! 5/5/2008 読書姫H市にある新美南吉記念館に行った。従兄弟夫妻とその孫(小学校3年の女の子)と、私の母と。
南吉と言えば、「ごん狐」「手袋を買いに」の童話作家。展示物に、ビデオ上映コーナーなどがあり、館内は連休中と言うことで、子供たちが三々五々楽しんでいた。
図書閲覧室には、南吉に関する資料、絵本、全集などが集められていて、手にとって読むことができる。そこで本を手に座り込んだ孫の女の子は読み始めて動かない。本が好きなのだという。大人たちは、しばらく付き合って待っていた。
外はあいにく小雨模様で、芝の上では遊べなかったが、お天気がよければ散策の道もあって歩ける。なかなかよいところだ。
読書姫の女の子は、明日両親のいる京都へ帰る。彼女は祖母に買ってもらった南吉の本を抱えて、嬉しそうにしていた。 実は私も童話を買った。ええ、もちろん自分用。私の読書はツンドクではあるけれど、やっぱり嬉しい。 5/4/2008 美術館のはしごモディリアーニ展と杉本健吉展に行ってきた。 連休中なので混むかと思ったが、さほどではなく、ゆったり見ることが出来た。
さて、モディリアーニ。瞳のない目、アンバランスな肩や長い首の女性!それから、とっても官能的な裸婦。絵としてそこに投げ出されているこの裸婦たちは、描かれた百年くらい前から、ずっと人々に見られてきたわけで、そのことに妙に感動してしまった。
杉本健吉展の方は、南知多に杉本美術館があるので、数度行ったことがあり、おなじみになった絵も多かった。けれど新平家物語の挿絵など、何度見てもいい。奈良の寺院や仏像、牡丹の絵や、晩年のユーモラスな自画像など、画家の個性に好感が持てる。
県の美術館では常設展の方にも立ち寄ったら、須田剋太の小部屋があって嬉しくなった。迫力ある彼の絵、魂の背中をドンと押される感じがする。
というわけで、今日は美術鑑賞の日だった。 しかし、友達と一緒だったのでランチもゆっくり食べて、それぞれの近況を報告。おしゃべりにも花が咲いた。 家族連れやカップルで賑わう街。こうして過ごせば、そういう光景も一つの風景として見ることができる。遠い絵のように。 5/3/2008 ランチと試写会雑感
昨日は、友人たちが私の卒業祝いをやってくれた。T市のレストランでランチをご馳走になって、ひとしきりおしゃべり。手作りの豆腐がお代わり自由だったので、豆腐でおなかがいっぱいになった。その後、レストランの近くの友人の家に行き、またおしゃべり。
おばさんたちのおしゃべりの内容の一つ。 この日来なかった友人で、最近、夫を亡くし、一段落したら「においノイローゼ」になってしまった人のことを気遣い、いろいろ話した。そして、仲のよすぎる夫婦というのも、どちらか独りになった場合、精神的に生きて行けないからほどほどがよいということになった。 そして、 「亭主がいなくて、お金に困らない生活なら、そんないいことないのに」 と、一人が言い出し、それに同調する人が二・三人。わっとみんな笑った。亭主がいなくて、お金と自由がある生活・・・、子育てを終えた女性たちの本音かも。
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夕方、私はそのまま電車に乗り、映画の試写会の会場へ。 会場に着いたら、いつものように長蛇の列。そこに加わって並んでいると、すぐ後ろの若い女性の携帯が鳴って「私も今来たばかりです。まだ入口付近です。赤いふちのメガネかけてますから」と。やってきたのは中年の男性。どうも初対面のようだ。 「あ、これハガキ200円分です。こんなんでいいんですかね」と男性が渡している。 「どうせ一人なので、かまいません」と女性。
わかった。あれだ! ネットに試写状・劇場招待券交換情報掲示板というものがある。切手またはハガキ500円でペア券交換をとか、ペアで当たって一緒に行く相手のいない場合、同行者を募る。
ふうん。意外に気軽にやってるんだ。さらに耳をダンボにして会話を聞いていたら、 「自分で応募するより、交換のほうがらくですしね、必ず見られます」 「昨日もこの会場に来ましてね。なかなか面白かったですよ」 「試写会で年間80本くらい見ます」
すごい!! そんなに試写会が好き? いや映画が好き?
いろんな人たちがいるものだ。私も映画が好きで試写会に応募しているけれど、当たらないことの方が多い。これから、それを利用して見ようか。でも面倒だな。
5/1/2008 人はみな孤独なのか
知り合いの詩人から送られてきた、彼女が書いたという小説。読んでみたら、これがなかなか面白い。サスペンス風で、詩人だけに表現が詩のようでもある。 文面からは、30歳くらいの女性の孤独な様子がひしと伝わってきた。人は孤独な動物なのか。いや、孤独を感じる動物なのだろう。
明日の映画試写会のハガキがあるので、唯一行けそうな友人に電話したら、夫殿が出て今夜は試写会に行っていないとのこと。映画好きはせっせと行っているのだ。明日の映画は内容が重そうでもあるし、普通の主婦にとって連続の夜の外出はたぶん無理だろうから、仕方ない、一人で行くか。孤独もいいものよ。いっそどっぷり浸ろう。
ああ~あ、今日もスポーツクラブに行けたのに行かなかった。気力がねぇ・・・、どっかに行ってしまった。 会費・・・もったいない(~_~;)
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