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日志


2009/3/27

終着駅は出発ロビー

 

 夕方、空港まで行って来た。電車に乗って終点に着いて、そこが空港。

 

別に用はなかった。ただ行ったら何とかなりそうな気がして。

 

 同人誌の締め切りが来ていて、書けなかった。

 

一篇は書いたのだ。でも、もう一つ別の同人誌も締め切り。いえ、もう時期がとっくに過ぎている。言葉が枯渇しているというか、無理しないと出てこない状態。これではいけない、どこかに風穴を開けなくては、と。

 

デッキは風が強く、冷たかった。こんな風は困る。すぐ引っ込んで、出発ロビーを俯瞰できる喫茶店でコーヒーを飲んでいた。それから別の店でお粥を食べて(ビールも飲んで)、帰ってきた。

 

で、書けるかというと、それが・・・。けっこうてくてく歩いて運動になった。それが収穫と言えば収穫。あ、そうでもない。やはり詩を書き続けようと思ったこと。ここ数年、詩なんて書けなくてもいいや、と思ってきた。それより大切なことがたくさんある。まずは、自分の生を愉しむこと。そう思ってきた。

 

でも、書くことは、私にとって生きていることを確認すること。そう確認した。まあね、三流か四流というより、名もない地方の「我流」ではありますが、やめないでおこうと。

 

家に帰っても、やはり一人。気楽な身分になったものだ。声、発しよう。中国語でも念、読みますか(*^^*) 
 

 

 

 

2009/3/16

なまけロボットの旅

 

母が老健に入ってから、私は一人暮らし。朝起きて、ゴミを出して、朝食を食べたら洗濯、そうじなどこまごまとした日常の家事をこなし、そして庭の花に水を遣る。
 

 

 誰とも話さず家の中にいると、天空の城ラピュタに出てくる庭師ロボットになった気分。違うのは夜ワインを飲んでうたた寝するナマケモノ、掃除機はホコリが目立ってきてからしかかけない、ぐうたらのところ(随分ちがうか)。

 でも機械にセットされたように、だいたいこれまでと同じように家事をやっている。誰のためでもなく自分のため。苦痛ではない。独りもまた愉しい。

 

 

 けれど、こんな生活も長く続けば飽きる。

 

 

 腰痛もよくなってきたので、数日前、岐阜県まで詩話会に出かけた。他人の作品の評は困ることが多いので、合評会よりも講演を目的として。

 

 講演は、岐阜県在住の詩人による「パレスチナへの旅」だった。この方の講演は以前にも聞いたことがあり、なかなかよい。

 

 戦禍で大変な目に遭っているパレスチナの子供たちのため、何かしなくては、と実際に出かけていく行動力はすごい。そして日本で一般的に受け取られているパレスチナとイスラエルの紛争に関する認識のズレに関する説明もわかりやすかった。

 

 

 日本から遠い地域であるだけに、痛ましい戦禍にも日本人は感心が薄いのかもしれない。日本人の良心は「こうしている今も、世界のどこかで紛争があり、一般市民、子供たちが犠牲になっていることを忘れてはならない」と思う程度のものであるということの淋しい現実。

 

 講演内容は主にパレスチナへ出かけた二度の体験だったが、おだやかな語り口、ごく普通の高校教師で家族を愛するパパであるその人のどこから、そのエネルギーが出てくるのか。

 

 さて、私は何をしたらいい。自分の小さな周辺のことだけで精一杯の生活を反省。いつも反省はするが、世界の平和のために自分に何ができるか考えてみるとしますか。

 

 錆ついたなまけロボットも、岐阜県まで旅をして考えたのだった。
 

 

 

 

 

 
2009/3/6

シンちゃんは元気

 母のところに週に二回行く。用事のあるときはこのほかにも行くが、基本的にはお風呂のあとの洗濯物を取りに。母と一時間ほど一緒にいて戻ってくる。このほかに妹がひょっこり顔を出している。

 

 母、シンちゃんは元気。家に帰りたいとも言わない。けれど、トイレ通いは家にいるときと同じらしい。行きたいとなったら今行ったばかりでも「行く。もれちゃう」を連発。諭しても「やだぁ!」。子供と同じ。

 

 職員の人が言うのには、気が紛れている時はトイレのことは忘れているそう。これも家にいるときと同じ。一日中車椅子なので、早々とお尻にジョクソウができてしまったのだけれど、横になっていたほうがいいと言っても聞きわけがないらしい。これも家にいるときと同じ。職員の方はこぼしておられた。無理もない。

 

 でも家と同じにしていられるのならいいのかもしれない。母が安心してそこにいるということだから。職員の方には面倒をかけるけれど。

 

 帰りは「バイバイ」と手を振ってくれる。同じようなおばあちゃまが集まっている談話室から去るとき(おじいちゃまは一割もいない)振り返って母を見る。自分で勝手に動いてはダメと言ってあるのに、また自分でトイレに行こうとしている。でも、帰ってきてしまう。後ろ髪を引かれる思いとはこのことかも。

 

2009/3/2

隣の家に来たヘンな人

 お隣の門のところにパトカーが来ている。何事かな? その向こうのご近所の家に行こうとして見かけた。

 

 用事を済ませて帰りにまた通ったら、ちょうどおばあさんを(お腹がまるくて青い毛糸の帽子をかぶっていた)、二人のおまわりさんが無理やりパトカーに乗せているところだった。

 

わっ、すごい抵抗! おばあさん力つよそう。

「この人、知っていますか?」と、おまわりさん。「いいえ、知りません」。

 

 お隣の家は、90歳のおばあさんが一人で暮らしている。その人とは別人。何があったのだろうと思っていたら、お隣のおばあさんの娘さんと言う人(と言っても70歳近く)が出てきて言うのには、庭で近所の人と立ち話をしていたら、突然見知らぬ人が来て「ここはわしの家だ。なにしとる!出て行けー」と居座ったのだそう。

 

 もしも90歳のおばあさんが一人しかいなかったら追い出されていたかもしれないと言う。偶然遠くに住んでいる娘さんが来ていたので、110番したのだとか。

 

 あの連れて行かれた人は、おそらく認知症なのだろう。しかし、屈強なおまわりさんが二人でパトカーに押し込めている現場を見て胸が痛んだ。そんなにしなくても。

「どこへ連れていくのだぁぁーーーー!!!!」と叫んでいるおばあさんに、「おうちに行くのよ」と思わず言った私。老健に入れたばかりの母のことを思った。母さんも家に帰りたいだろうに。ごめんね。

 

どうか、私の母はああゆうふうにはなりませんように。

 

私の家にいるへんなヤツ


 
  こんなものが玄関の天井付近に張り付いていた。
 
 これって、ふつうは梅雨時に見かけるのだけど。そう、わが家には毎年コヤツが現れるのだ。
 
 でもーーー、季節がちがうのではないか? 今出てくるなんて、異変の前兆かも。
 
 ヤモリ。
 中国の天津でも見た。留学生宿舎の、やはり天井近くの壁に張り付いていた。
 
 家を守るから、この名前がついたと聞いたことがある。だから、家ではそのまま放ってある。
 気味わるい人は、わが家に来なくてよろしい。
 体調5センチほどで、よく見ればかわいいではないか。
 
 
 その真下に置いてある花。
 花影に怪獣の卵があるかもね(^_-)-☆