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日志


2008/10/31

ワイン飲みたし、

 中国語の講座に出かけて、戻ってきたら母がベッドの横で転んでいた。あれほどベッドから自分で降りないように言っておいたのに。

 しかし怪我もないし、風邪も引いた様子もなかった。やれやれ。

 

 この介護ベッドには、安全のため自分で降りられないように全面に柵がしてある。介助レバーというのを自分で外したというが、そんな力はなさそう。どうやって降りたのだろう。聞けばトイレに行きたかったのだとか。自分で車椅子を押して行こうとしたらしく、車椅子も移動していた。今はトレーニングパンツほかしっかり防御してあるので、失禁してもまったく大丈夫なのだけれどそれが分からないのだ。

 

 私の留守中は妹に頼んで出かけた。が、この講座は夜の920分まである。それから帰ってくると家に着くのは11時近い。妹もそう遅くまではいられない。

 

 昨夜、私はほとんど寝ていない。にもかかわらず驚いたせいで眠さが吹っ飛んでしまった。ワインでも飲んで寝ようか・・・あ、でも母を見回らないと。ん・・・

2008/10/28

我的生日

 ふつう、

女性はある程度の年齢になると、自分のトシを言わなくなるものですが、

それは女性に対する価値観が若さに多くあるから、でしょう。

私も言うのはいやなときがありましたが、いまは大きな声で(小さな声でもいいですが)言います。

 

60歳です。還暦です(●^o^●)

 

そう、きょうは私の誕生日なのです。

 

夫は56歳で亡くなったので、それより4年も長く生きたことは、ある種感慨です。

 

 

よい年齢だと思っています。そりゃ、容姿や体力そのほかもろもろの衰えはありますし、それに関してはいやです。けれど年取らない人はいないもの、仕方がない。

 

私は50代もいい年代だと思ってきました。40代も30代も。つらいこともありましたが、いいこと楽しいことが、それぞれの年代でありました。いつも何かに向っていました。手につかんだ砂が全部こぼれていってしまうように、たいしてモノにならなかったけれど、何かをすることがよかったのです。一歩を踏み出したことが。

 

私が一番だめな時は、20歳前後のころ。ただ若いだけのお馬鹿な女の子でした。

 

 

そんなこんなを振り返って、ああこれでトシが還る。還暦なのだと思います。

初めの一歩、なのです。

 

残された人生(この年齢になって初めて、人生と言う言葉がピッタリ来ると思えます)、現在の混沌とした世界、世の中で、「考えるおばあちゃん」になりたい。でも、できるだけ穏やかに楽しく生きる、を願っています。

 

さて、はて、自分自身に乾杯!!! おめでとう、A子さん! 

2008/10/26

母の退院、介護生活の始まり

 
 昨日、母が退院してきた。

 ・・・・・・・、

 今日、早くも腰痛。腕も筋肉痛。

 自分の時間が取れない。眠たい。



 「ベッドで飲食させないで、ご飯はちゃんとテーブルで」

  「お昼は服に着替えたほうがいい」

  「リハビリの運動やってるの?」

  などなど、妹が言う。心配が口を付いて出るだけなのだけれど、言われた方はプレッシャー。


 ええ、それくらいやってますよ。当然。


 けれど、「いい子」にはならないつもりでいる私。ツボ以外は、けっこうちゃらんぽらん。でもそれで母とうまくいっているからいいじゃない、と内心思う。


 やーりー(圧力)だね、と中国語のわからない妹に、ひとこと(笑

 
 しかし、まあ、腰いったーいよ。
 動けない人って、石のように重い。

 
 

 介護生活は通販生活とちがう・・・誰かがこういう詩を書いたら、と提案。
 書いて介護を笑い飛ばそうか。




2008/10/18

あんぱんマンの家

  病院にいる母、あんぱんが好き。そう、食べられるようになった。「胃ろう」という胃に管で栄養を補給することを提案されたころとは格段の差。意識もハッキリしてきて、いまや「刻み食」と言うのが病院では出されている。

 

 よかった!! 一時はどうなることかと思ったけれど、がんばった甲斐があった。私と妹も、よく三ヶ月間、医師に不満を持ちながら辛抱強くやったと思う。

 

 で、あんぱん。薄皮の5個入った小さいもの。あれは皮が柔らかいからノドを通りやすいのか、あんぱんの中でもそれに限り食べてくれる(^_^)。でも、そんなに沢山食べられないので5個食べきらないうちに賞味期限切れになる。私だって、そうあんぱんばかり食べたくないので、家のワン公、ハチベエにやる。すると、すごい勢いでパクつく。

 

 このハチベエも今年の夏の初めのころは、危なかった。すでに18歳を超えているのだ。この夏はもたないと思っていた。それがひどい暑さだったこの夏を乗り切り、いまや食欲旺盛。私がつくる鶏挽き肉のそぼろのお陰かも。散歩の足取りは、もうヨロヨロであはるし、排出するものの世話も毎日(エライコッチャ)なんだけど。

 

 母は25日に退院が決まった。でも、自分で立ち上がることはできなくなってしまった。リハビリのお陰で、支えていれば30秒くらい立つことが出来る程度。家に帰ってきたら、やっぱり食べることと出すことは、すべて私が世話しなくてはならない。デイサービスとショートステイという介護制度を使ってなんとかするつもりではいるが、やっぱり(エライコッチャ)で、こちらはワン公の比ではない。

 

 この両あんぱんマン(わん?)、可愛いワン公に可愛いニコニコばあちゃん。憎めないので、やれるのかも(●^o^●)

 

 しかし、さて、これからどーーーなることやら。

 

2008/10/9

命日

 夫が亡くなって、今日でまるっと7年になる。7回忌は去年済んだが、ほんとうの7年は今年。墓参りに行ってきた。汗ばむくらいの気温。空は秋晴れ。白い雲がふわりと浮かぶ。こんな秋の気候のよいときに亡くなる人もいるのだ。

 

命日が来るたびに、時間の過ぎるのが速いと言っている。思い出は時間の遠近法が狂っているのか、思い出せば、夫がいたのは昨日のことのようでもあり、遠い昔のようでもある。 

夫よ、今ごろどうしている? きっと好きなゴルフでもしているだろうな・・・死んだ人には時間はないのかな?

 

私は、今夜は中国語講座に出かける。寂しいけれど、そこそこに楽しく頑張って暮らしているよ。お願い、ストーカーみたいに出てこないでね(笑・・・昨日見た香港映画は死者のストーカーが出る話だった)。

 

2008/10/2

バナナ、バナナ

 一週間か十日前ぐらいからだろうか。スーパーでバナナを見かけなくなった。入荷はしているようなのだけれど、私が行く時間帯にはすでに完売状態。またテレビで身体によいとか何とか放送したんだろうと思っていたら、バナナがダイエットに効果あるという内容だったようだ。

 

 母が、バナナを一本の三分の一ほど食べられるようになった。妹が試しに、病院の食事盆の上に置いておいたら手を出して食べたという。時間はかかったけれど、ちゃんと喉を通ったようだ。もう、もう、食べられるのなら何でもいいから食べてほしい。そう思って買いに行ったのだけれど、見事になかった。 それで、妹がスーパーの開店と同時に駆け込んで買ってきてくれている。

 

 しかし、ねえ。バナナダイエット・・・。テレビの影響力と言うか、疑わない人が多いのねぇ。テレビっていいことばかり言う。隠れた部分で努力していることもあるに違いないのに、苦労のことは苦労らしく言わないから、らくらくダイエットに成功したと思い込む。日本人は素直な国民というべきか、な。

 

 まあ、他の食品でもそうだったように、続かない人が多いから、そのうちバナナにもふつうにお目にかかれるようになるでしょ。